第2回 鬱はなぜ眠りを妨げるのか

『張氏医通』養生シリーズ


目次

はじめに

前回は、

衛気が夜に陰へ帰れなくなる

ことが不眠の本質であると学びました。

では、その「帰れない」状態はどのようにして生まれるのでしょうか。

今回は、不眠の原因のなかでも特に現代人に深く関わる

「鬱(うつ)」

に焦点を当てます。

ここで言う「鬱」とは、現代語で言う「うつ病」とは少し異なります。

東洋医学における「鬱」とは、

気・血・津液などが、滞り、うっ積した状態

を広く指す言葉です。


六鬱とは何か

『張氏医通』は、朱丹溪の「六鬱論」を基盤に鬱を論じています。

六鬱とは、

鬱の種類内容
気鬱気の流れが滞る
血鬱血の巡りが滞る
湿鬱湿邪が体内に停滞する
痰鬱痰が生まれ、経絡を塞ぐ
熱鬱熱がこもり、散じられない
食鬱飲食が消化されず滞る

この六つはそれぞれ独立しているのではなく、

気鬱がすべての根本

にあります。

気の流れが滞ると、血も滞り、湿も痰も熱も生まれやすくなります。


木鬱――肝の気が動けなくなるとき

六鬱のなかで、睡眠に最も深く関わるのが気鬱、そして**木鬱(もくうつ)**です。

東洋医学において、

  • 「木」はに配当され、
  • 肝は気の疏泄(そせつ)、すなわち気をのびのびと流す働きを主ります。

しかし、

  • 長期にわたるストレス
  • 強い怒りや悲しみ
  • 思い悩み、気持ちを発散できない状態

などが続くと、肝の気がのびやかに動けなくなります。

これが肝気鬱結(かんきうっけつ)です。


肝気鬱結と不眠の関係

肝気が鬱結すると、どのようにして不眠が生まれるのでしょうか。

東洋医学では、

魂(たましい)は肝に宿る

と考えます。

昼間は魂が外に出て活動し、夜になると魂は肝に帰り、人は眠りにつきます。

しかし肝気が鬱結していると、

  • 気が滞り、熱に変化します(気鬱化火)。
  • 熱が上に昇り、心神を乱します。
  • 心が落ち着かず、魂も肝に帰ることができなくなります。

こうして、

眠ろうとしても眠れない 眠りに落ちても夢が多く、眠りが浅い ふとしたことで目が覚めてしまう

という不眠が生まれます。


心安とは何か

『張氏医通』が不眠の治療において大切にするのが、

「心安(しんあん)」

という概念です。

心安とは、単に「気持ちが落ち着いている」ということではありません。

心神が安定し、外の刺激に乱されず、 内から湧き上がる想念にも揺さぶられない状態

を指します。

肝気鬱結による不眠では、気の滞りを解くことが第一です。

しかしそれだけでは不十分で、

  • 肝の気を疏通させ
  • 心神を落ち着かせ
  • 魂が静かに肝へ帰れる条件を整える

ことが必要とされます。


『夜船閑話』との接続

江戸時代の禅僧・白隠慧鶴が記した『夜船閑話』には、

禅の修行と養生を結びつけた独自の内観の法が説かれています。

白隠は、心の消耗が五臓を傷め、睡眠を乱すことを説きました。

これは『張氏医通』の

思慮過度が肝気を鬱結させ、心神を乱す

という観点と深く重なります。

どちらも、

不眠の根は「心のありよう」にある

という点で、一致しているのです。

現代風に言えば、

  • 就寝前のスマホやSNSによる過剰な情報刺激
  • 仕事の心配や人間関係の悩みを寝床まで持ち込む
  • 「眠れなかったらどうしよう」という不眠への不安そのもの

これらはすべて、肝気を鬱結させ、心神を乱す因子と言えるかもしれません。


まとめ

今回学んだことを整理します。

  • 東洋医学の「鬱」とは、気・血・津液などが滞った状態である
  • 六鬱の根本は気鬱にあり、気鬱は肝気鬱結と深く関わる
  • 肝気が鬱結すると化火し、心神を乱し、魂が肝に帰れなくなる
  • 不眠の回復には、気の疏通とともに「心安」の状態を整えることが大切である

眠れない夜に、頭が次々と考えを生み出し続けるとき。

それは、肝気が鬱結し、心神が静まれない状態かもしれません。


次回予告

第3回 胃和なければ臥安からず

「胃が和せざれば、則ち臥すること安からず」 ――古典の言葉にあるように、消化器と睡眠は密接につながっています。

次回は、脾胃(消化器系)と不眠の関係を探ります。

暴飲暴食・不規則な食事・痰飲の蓄積が、どのように眠りを妨げるのか。

そして古方の名処方、**温胆湯(うんたんとう)**の働きとともに見ていきます。

また『養生訓』『老老恒言』の食養の知恵も合わせてご紹介します。                   


『張氏医通』養生シリーズ 第2回 了

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