前回は梨の名前と種類、そして歴史にまつわる逸話をご紹介しました。第2回では、いよいよ『本草綱目』が伝える梨の「薬効」について詳しく見ていきます。
梨の性質 ― 甘くて冷たい
『本草綱目』では、梨の果実の性質を「甘、微酸、寒、無毒」としています。ただし、食べ過ぎると体を冷やし、だるさやむくみのような症状(寒中萎困)を招くとされ、刀傷を負った人や授乳中の女性、血が不足している人はとくに控えるべきだと注意書きがあります。別の書物では「多食すると冷えによる下痢(冷痢)になる」ともあり、当時から「体を冷やす果物」として一定の警戒感を持って扱われていたことがわかります。
記された効能の数々
一方で、梨には次のような効能があると具体的に記されています。
- 熱を伴う咳を鎮め、喉の渇きを止める
- スライスして火傷に貼ると痛みを和らげ、化膿を防ぐ
- 高熱を伴う風邪や、中風(脳卒中様の症状)で言葉が出ない状態を改善する
- 丹石(鉱物系の薬)による熱や、驚きによる不調を解消し、大小便の通りを良くする
- 風邪の邪気を除き、心の煩わしさや息切れ、熱による興奮状態を鎮める
- 汁にして飲むと、痰を吐き出す助けになる
- 突然声が出なくなった場合、生の梨をすりつぶして絞った汁を頻繁に飲むとよい
- 胸につかえて熱がこもっている人には、多めに食べることが勧められた
これらをまとめる形で李時珍自身は、梨には「肺を潤し心を涼しくし、痰を消して火を降ろし、瘡(できもの)の毒や酒の毒を解く」働きがあると総括しています。まさに今回の資料にある「潤肺清心」「生津止渇」「解酒毒」といった現代の薬膳的な理解と、驚くほど重なっていることがわかります。
「梨は薬にならない」への反論
面白いのは、梨の薬効をめぐって古人の間で見解の食い違いがあったことです。陶弘景は梨を「薬用には入れない」と述べていましたが、李時珍はこれに異を唱えます。彼の解釈はこうです。
昔の人は病気の多くを「風寒(冷えによるもの)」と考え、治療には桂皮や附子といった体を温める薬ばかりを用いていた。そのため、体を冷やす性質を持つ梨が持つ「風熱を治し、肺を潤し、痰を消し、毒を解く」という効能には、あまり注目が集まらなかったのだ、と。李時珍が生きた時代には、痰の病や熱(火)による病が全体の6〜7割を占めるようになっており、そうした時代背景の変化の中で、梨の価値が改めて見直されたというわけです。
梨で命拾いした人々の逸話
『本草綱目』には、梨の効能を裏付けるような興味深い逸話も収録されています。
ある役人が病を患い、医師の梁新に「風の病がすでに深く進んでいるので、早く帰宅するように」と告げられました。ところが別の医師・趙鄂に診てもらったところ、診断は同じでしたが「とにかく消梨をたくさん食べなさい。噛んで食べきれなければ絞り汁にして飲みなさい」と助言されます。役人が言われた通り、家に帰って十日ほど梨ばかり食べ続けたところ、みるみる体調が回復したというのです。
もうひとつは、ある士人(学者)が体調不良を訴え、名医・楊吉老に診てもらったところ「熱の病がすでに極まっており、気血も消耗している。あと3年で腫れ物がもとで命を落とすだろう」と宣告されてしまいます。落胆した士人は、茅山に医術に長けた道士がいると聞き、身分を隠して弟子入りし、長く仕えた後にようやく事情を打ち明けます。道士は診察の後、笑ってこう言いました。「今すぐ山を下りて、毎日良い梨を一つ食べなさい。生の梨がなくなったら、乾燥させた梨をお湯で戻し、その滓を食べ汁を飲みなさい。それだけで自然と治るだろう」と。士人がその通りにして1年後、楊吉老に再会すると、その血色の良さと落ち着いた脈に驚かれ、道士に助けられたのだと知った楊吉老は、自らの学の至らなさを恥じて茅山に向かって拝礼したと伝えられています。
李時珍はこの2つの話を並べて紹介し、「梨の効能は決して小さなものではない」と結んでいます。ただし念を押しているのは、効果が期待できるのは乳梨・鵝梨・消梨といった質の良い品種に限られ、その他の梨では同様の効果は望めないという点です。

現代の薬膳的理解との一致
冒頭でも触れたように、現代の薬膳の考え方でも梨は次のような働きを持つとされています。
- 潤肺清心:乾燥による体内の熱を鎮め、呼吸器系を潤して咳や痰を和らげる
- 生津止渇:体内の水分(津液)を補い、喉や口の渇きを癒す
- 解酒毒:アルコールの分解を助け、二日酔いによる熱感やむくみを改善する
- 通便:腸を潤し、お通じをスムーズにする
こうして見比べると、千年近く前に書かれた『本草綱目』の記述が、現代の薬膳理論とほぼそのまま重なっていることに驚かされます。次回は、こうした効能を実際の生活にどう活かすか、『本草綱目』に記された具体的な食べ方や処方、そして意外と知られていない梨の花・葉・樹皮の使い道についてご紹介します。
次回:梨のものがたり③ ― 秋の養生レシピと、実は使える花・葉・樹皮の話 ―


