もっとも霊性が強い竹とは
―真竹という「正統」と、異形の竹たちが語る「特別な力」
第6回
これまでのシリーズでは、竹という植物を、一つのまとまりとして眺めてきました。
境界をつくる竹。水を通す竹。器としての竹。天とやり取りする竹。日々の暮らしを清める竹。
しかし、ここで一つ、素朴な疑問が浮かびます。
竹には、実は多くの種類があります。日本だけでも数百種類にのぼるといわれる竹の中で、
もっとも霊性が強いとされる竹は、どれなのでしょうか。
今回は、この問いを軸に、竹の「種類」という視点から霊性を眺めてみたいと思います。
王道の竹――真竹(マダケ)
まず、これまでのシリーズで何度も登場してきた竹があります。
真竹(マダケ)です。

地鎮祭で四隅に立てられる竹は、特に決まりはないものの、真竹が一般的とされています。
なぜ、真竹が選ばれるのでしょうか。
その理由の一つは、素材としての性質にあります。竹細工に使われるのは基本的に真竹で、材質が強く、弾力性にも富んでいます。棒高跳びのポールに使われていた歴史もあり、弓道の弓も真竹でつくられているといわれます。
そして、茶道の世界でも、茶杓・花入・柄杓には真竹が使われます。
つまり真竹は、
- 神事(地鎮祭)
- 武具(弓道の弓)
- 茶道具(茶杓・柄杓)

という、格式の高い場のすべてに共通して選ばれてきた竹なのです。
これは、単なる「入手しやすさ」や「見栄えの良さ」だけの話ではありません。
しなやかでありながら、簡単には折れない。まっすぐでありながら、風を受けて美しくしなう。
第2回で見た「竹の中空」の強さ、第4回で見た「松竹梅」のしなやかさ――これらの性質を、もっとも高い純度で体現しているのが真竹だといえます。
だからこそ、真竹は、竹の中でも「正統」の位置を占めてきました。
神さまを迎える竹として、武の道を支える竹として、茶室という結界の中で使われる竹として。
真竹は、「格式ある場に呼ばれる竹」なのです。
異形の竹たち――「珍しさ」が霊性になる
一方で、竹の霊性は、必ずしも「正統さ」だけから生まれるわけではありません。
むしろ、竹の世界には、
「珍しいこと」「異形であること」そのものが、霊力の証として語られてきた竹
が存在します。
矢竹と「旗竹」の伝説
鹿児島の新田神社には、非常に興味深い伝説が伝わっています。

境内には「旗竹」と呼ばれる、篠竹(矢竹の仲間)の一群があります。言い伝えによれば、源氏の白旗を立てたものがそのまま根付いたとされる竹で、
決して神域の境界を越えることがない
という不思議な性質を持つとされています。
さらに、雷が鳴ると、この竹がピチピチと音を立てて割れるという言い伝えも残っています。
江戸時代には、蘭学者・平賀源内――エレキテル(摩擦発電機)を作った、あの平賀源内です――が、この竹を使って厄除招福・邪気退散の「矢守(やもり)」をつくりました。これが、現在も正月に授与される「破魔矢」の元祖とされています。
ここには、これまで見てきた竹の性質が、驚くほど濃縮された形で現れています。
- 竹が「境界」を越えない――第1回で見た、竹が境界に立つ植物であるという性質そのもの。
- 雷に反応して割れる――竹と電気・雷という、天からの力を受け止める性質(特別編で見た、竹と電気の関わりを思い出させます)。
- 邪気を払う矢になる――第2回で見た、爆竹の「竹の破裂音が邪を払う」という発想と重なります。
矢竹は、真竹のような「格式」ではなく、一本の竹に伝わる、具体的な伝説そのものによって、強い霊性を帯びている竹だといえるでしょう。
亀甲竹――変異が生む、稀少な竹
真竹の変異種として知られる亀甲竹(キッコウチク)は、節が亀の甲羅のように膨らみ、互い違いに連なるという、非常に珍しい姿をしています。
自然界では滅多に生まれない変異であるため、庭木としても高値で取引され、古くから縁起物・観賞用として特別に扱われてきました。
同じ真竹でありながら、ほんの少しの変異によって、まったく違う姿になる。
この「珍しさ」が、そのまま霊性の強さとして受け止められてきたのです。
金明竹――「金」の名を持つ竹
金明竹(キンメイチク)は、幹が黄金色に色づき、そこに緑の縦筋が入るという、美しい姿を持つ真竹の栽培変種です。

その名の通り、「金」という文字が示す縁起の良さから、庭園や床の間に好んで植えられ、飾られてきました。
竹という植物本来の緑ではなく、金色に色づくという「異常さ」が、逆に「これは特別な竹だ」という感覚を人々に与えたのでしょう。
虎竹――一つの土地だけに生まれる竹
高知県須崎市の一部地域だけに自生する虎竹(トラダケ)は、幹に虎の模様のような黒い斑紋が浮かぶ、非常に珍しい竹です。
長い間、この斑紋がなぜ生まれるのか、科学的にはっきりと解明されてきませんでした。
「なぜ、この土地の竹だけに、この模様が現れるのか」
その謎そのものが、虎竹という竹に、独特の神秘性を与えてきました。
竹の霊性というものが、必ずしも「儀式でどう使われてきたか」だけで決まるのではなく、竹という植物そのものが持つ、説明のつかない不思議さからも生まれてくることを、虎竹はよく表しています。
黒竹――静けさを纏う竹
黒竹(クロダケ)は、幹が生育とともに黒く変化していく竹です。
茶道具や生け花の世界では、この黒さが「侘び」「静」を象徴する色として重んじられてきました。
真竹の持つ「格式」とは少し違い、黒竹が帯びているのは、静かに内へこもるような霊性です。
華やかさではなく、沈黙の中にある力。
これもまた、竹という植物が見せる、もう一つの霊性の姿だといえるでしょう。

まとめ――霊性は、一つの竹に集約されない
今回見てきた竹たちを、並べてみましょう。
| 竹の種類 | 霊性の性質 |
|---|---|
| 真竹 | 神事・武具・茶道具に共通して選ばれる、「正統」の霊性 |
| 矢竹(旗竹) | 境界を越えず、雷に反応するという、具体的な伝説による霊性 |
| 亀甲竹 | 変異による稀少さそのものが霊性となる |
| 金明竹 | 「金」という異例の色が、縁起の良さの証となる |
| 虎竹 | 科学的に解明されない模様が、土地ごとの神秘性を生む |
| 黒竹 | 静けさ・侘びという、内にこもる霊性 |
こうして並べてみると、「もっとも霊性が強い竹」という問いには、実は一つの正解がないことが見えてきます。
真竹は、儀式という「型」の中で選ばれ続けてきたことによって、霊性を積み重ねてきました。
一方、矢竹・亀甲竹・金明竹・虎竹・黒竹は、それぞれが持つ個別の異形さ、個別の伝説によって、独自の霊性を帯びています。
つまり、竹の霊性とは、
「型に選ばれる正統さ」と、「型を外れた特異さ」の、両方から生まれてくるもの
なのかもしれません。
これは、第1回から見てきた竹の性質――境界に立ち、水を通し、器となり、天とやり取りをする――という姿の延長線上にある話でもあります。
真竹が「境界に立ち続けてきた竹」であるのに対し、矢竹の旗竹伝説は「境界を守り続けてきた、一本の竹の物語」です。
亀甲竹や虎竹、金明竹は、「天が時折見せる異変」を、竹という姿を通して、私たちに示してくれているのかもしれません。
竹林を歩くとき、あるいは庭や神社で竹を見かけたとき。
その竹が、真竹なのか、矢竹なのか、それとも亀甲竹や虎竹なのか。
少しだけ、その種類に目を向けてみると、竹という植物が持つ霊性が、また違った形で見えてくるはずです。


