『張氏医通』養生シリーズ
はじめに
東洋医学において、「火」は両義的な存在です。
生命を支える温かな力でもあり、身体を焦がす破壊的な力でもある。
『張氏医通』はこの「火」の問題を非常に重視しています。
なぜなら、不眠・老化・慢性疾患の多くが、
火の乱れ
に深く関わっているからです。
今回は「少火と壮火」「命門火」「相火」「引火帰源」という概念を通して、
東洋医学における「火」の本質を探っていきます。
少火と壮火
『素問・陰陽応象大論』にこんな言葉があります。
少火は気を生じ、壮火は気を食む
**少火(しょうか)**とは、
- 生命活動を支える適度な温熱の力
- 臓腑を温め、気血を動かし、消化を助ける
- 人が生きていくために欠かせない「生理的な火」
**壮火(そうか)**とは、
- 過剰になった火
- 気血を消耗させ、陰液を傷める
- 炎症・興奮・消耗をもたらす「病理的な火」
少火は滋養であり、壮火/相火は消耗です。
養生の要のひとつは、この少火を守り、壮火にならないようにすることにあります。
命門火とは何か
東洋医学には、**命門火(めいもんか)**という重要な概念があります。
命門とは「生命の門」。
腎に宿る根本的な陽気であり、
- 全身の臓腑を温める源
- 気化・代謝の根本エネルギー
- 生殖・発育・老化に深く関わる力
です。
この命門火が十分であれば、身体は温かく、活力があり、消化も良く眠りも深い。
命門火が衰えると、
- 手足が冷える
- 疲れやすく、気力が湧かない
- 消化が弱まり、夜間頻尿が増える
- 眠りが浅く、夜中に目が覚める
といった状態が現れます。
相火とは何か
命門火と並んで重要なのが、**相火(そうか)**です。
相火は本来、命門火の補佐役として、
肝・胆・三焦に宿り、気化・代謝を助ける火
です。
しかし相火は乱れやすい性質を持ちます。
- 怒り・欲望・強いストレス
- 睡眠不足・過労
- 陰液の不足
などによって相火は「動揺」し、本来の場所から浮き上がります。
この浮き上がった相火が上に昇ると、
- 頭部・顔面への熱感
- 口の乾き・のぼせ
- 心神の乱れ・不眠
を引き起こします。
朱丹溪は「相火妄動(そうかもうどう)」としてこれを警告し、張璐もこの観点を重視しています。

引火帰源――火を本来の場所へ帰す
浮き上がった相火・命門火の衰えに対して、『張氏医通』が重視する治法が、
引火帰源(いんかきげん)
です。
「火を引いて、源に帰す」という意味です。
衰えた命門火を補いながら、浮き上がった火を下に引き戻し、本来の腎の場所に帰す。
代表的な処方として、
八味地黄丸(はちみじおうがん)
があります。
| 生薬の性質 | 働き |
|---|---|
| 地黄・山薬・山茱萸(陰を補う) | 腎の陰を養い、火の基盤を整える |
| 附子・桂枝(陽を補う) | 命門火を温め、少火を回復させる |
| 茯苓・沢瀉・牡丹皮(利湿・清熱) | 余分な湿と熱を除く |
陰の中に陽を補うことで、「少火」が静かに蘇る処方です。
老人と火
『張氏医通』は老人の病を論じる際、火の問題を特に重視します。
老いとともに腎の陰が衰え、相火が制御を失って浮き上がりやすくなります。
しかし同時に、命門火も衰えていきます。
老人の身体では、
陰も不足し、陽(火)も衰えている
という複雑な状態が生まれます。
「火があるようで、ない。ないようで、ある。」
これを誤解して、ただ熱を冷やすだけでは命門火をさらに傷めます。
老人の養生における火の扱いは、繊細さを要するのです。
現代人へのメッセージ
現代社会は、壮火を生みやすい環境に満ちています。
- 過剰な情報刺激と精神的興奮
- 睡眠不足による陰液の消耗
- 辛いもの・アルコール・加工食品による内熱の蓄積
- 強いストレスによる相火の動揺
一方で、冷房・運動不足・過労によって命門火が静かに衰えていきます。
火が乱れた身体では、
昼は疲れているのに夜は眠れない
という状態が生まれます。
これは壮火が上を乱し、命門火が根を失っているサインかもしれません。

まとめ
- 少火は生命を支える生理的な火、壮火は消耗をもたらす病理的な火
- 命門火は腎に宿る根本の陽気であり、全身の温熱・活力の源
- 相火は乱れると浮き上がり、心神を乱して不眠を引き起こす
- 引火帰源は、浮き上がった火を腎へ帰し、少火を回復させる治法
- 老人の火の問題は複雑であり、単純に冷やすだけでは誤りになる
次回予告
第6回 痰はどこから生まれるのか――脾胃と痰飲
「百病皆痰(ひゃくびょうかいたん)」という言葉があります。
あらゆる病は痰から生まれる、という東洋医学の古い洞察です。
次回は痰の本質・脾胃との関係・痰火の恐ろしさを見ていきます。
『張氏医通』養生シリーズ 第5回 了


