第6回 痰はどこから生まれるのか――脾胃と痰飲

『張氏医通』養生シリーズ


目次

はじめに

東洋医学に、こんな言葉があります。

百病皆痰(ひゃくびょうかいたん)

「あらゆる病は痰から生まれる」という意味です。

これは比喩ではありません。

東洋医学では、喉に絡む痰だけでなく、

  • 体内に滞る水液
  • 経絡を塞ぐ粘稠な病理産物
  • 臓腑の働きを妨げる「見えない痰」

まで含めて「痰」と呼びます。

今回は『張氏医通』をもとに、

痰がどこから生まれ、いかに身体を乱すのか

を見ていきます。


痰とは何か

東洋医学における痰には、大きく二種類あります。

種類内容
有形の痰喉や肺に現れる、目に見える痰・鼻水・粘液
無形の痰体内の経絡・臓腑に潜む、目に見えない病理産物

不眠・めまい・動悸・うつ・肥満・しびれ――これらの多くに「無形の痰」が関与しているとされます。

「怪病は痰を疑え」という格言があるほど、痰は多彩な症状を生み出します。


痰はどこから生まれるのか

痰の生成に最も深く関わるのが、脾胃です。

脾は「運化(うんか)」の臓、つまり飲食物を消化し、全身へ運ぶ役割を担います。

脾胃が健やかであれば、水分は正常に代謝され、痰は生まれません。

しかし脾胃が弱ると、

水液の代謝が滞り、不要な水が体内に蓄積する

この滞った水液が、やがて痰へと変化します。

古典に曰く、

脾は痰を生じる源、肺は痰を貯える器

脾胃の弱りが、痰の根本原因なのです。


脾胃を弱める原因

では、なぜ脾胃は弱るのでしょうか。

『張氏医通』は以下を主な原因として挙げます。

  • 飲食不節 ― 食べすぎ、甘いもの・脂っこいものの過剰摂取
  • 思慮過度 ― 心配や考えすぎは脾を直接傷める(脾は「思」の臓)
  • 冷たいものの過剰摂取 ― 脾胃の陽気を傷め、運化を妨げる
  • 過労・運動不足 ― 脾の気を消耗させる、または巡りを止める
  • 加齢 ― 脾胃の機能は年とともに自然に衰える

現代人の生活習慣は、脾胃を傷める要因に満ちていると言えます。


痰火――最も厄介な組み合わせ

痰だけでも問題ですが、さらに厄介なのが、

痰火(たんか)です。

痰が体内に停滞すると、熱がこもりやすくなります。

あるいは相火・肝火などの熱が痰と結びつくことで、痰と火が合わさった病理が生まれます。

痰火が上に昇ると、

  • 頭がのぼせ、頭痛が起きる
  • 心神が乱れ、不眠・動悸が生じる
  • 躁状態・興奮・怒りやすさが現れる
  • 重症では意識の混濁・精神症状も

現代で言えば、高血圧・動脈硬化・脳卒中・精神疾患などとの関連が東洋医学的に論じられる病態です。


痰濁と現代病

痰が熱と結びつかず、寒・湿と結びついた場合は痰濁(たんだく)と呼ばれます。

痰濁の特徴は、

  • 身体が重だるい
  • 頭がぼんやりする
  • 食欲がなく、むくみやすい
  • 気力が湧かず、やる気が出ない

現代で言う「慢性疲労」「ブレインフォグ」「肥満」などと重なる状態です。


脾胃虚弱への養生

『張氏医通』は、痰を根本から治すには脾胃を立て直すことが先決だと述べます。

養生の基本として、

  • 食事の量を適切に保つ ― 腹八分目を守る
  • 温かいものを食べる ― 冷たい飲食は脾胃の陽気を傷める
  • よく噛む ― 脾胃の負担を減らす
  • 食後すぐ横にならない ― 消化を妨げ、痰を生みやすくする
  • 思い悩みすぎない ― 脾は「思慮」に直接影響される

これらは第3回で学んだ「胃和なければ臥安からず」とも深くつながっています。


現代人へのメッセージ

「なんとなく身体が重い。なんとなく頭がぼんやりする。なんとなく眠りが浅い。」

こうした「なんとなく不調」の多くに、痰が関与しているかもしれません。

特別な症状がなくても、脾胃が弱り、痰が少しずつ溜まっていく。

それが気づかないうちに、眠りを浅くし、頭を重くし、心を曇らせる。

『張氏医通』が「百病皆痰」と言うのは、

病の根を見えないところに求める眼

を養えという教えでもあります。


まとめ

  • 東洋医学の「痰」には有形と無形があり、多彩な症状の根本となる
  • 痰の生成源は脾胃であり、脾胃の弱りが痰を生む
  • 飲食不節・思慮過度・加齢などが脾胃を傷め、痰を育てる
  • 痰火は上昇し、心神を乱し、不眠・動悸・精神症状を引き起こす
  • 痰の根治には脾胃を養うことが先決であり、養生の基本と一致する

次回予告

第7回 『張氏医通』に学ぶ現代の生活習慣病

血圧・肥満・不眠はなぜ起こるのか。

これまで学んだ「類中風・痰火・肝陽上亢・真陰不足・飲食不節・過労・ストレス」を現代医学の視点と重ね合わせ、

現代人が最も抱えやすい病の根

を探っていきます。


『張氏医通』養生シリーズ 第6回 了

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