医門十戒と『張氏医通』総まとめ
『張氏医通』養生シリーズ
はじめに
このシリーズも、今回が最終回です。
第1回から第7回まで、
- 衛気と陰陽
- 肝気鬱結
- 脾胃と痰飲
- 虚労と陰虚
- 命門火と相火
- 百病皆痰
- 現代の生活習慣病
と、様々な角度から『張氏医通』の知恵を学んできました。
最終回は少し立ち止まって、
張璐という人間が、何を信じ、どう生きたのか
を探りたいと思います。
なぜなら、養生の知恵は「知識」ではなく「生き方」だからです。

石頑老人とはどんな人物か
張璐(1617〜1700頃)は、清代初期を生きた医師です。
号を「石頑老人(せきがんろうじん)」といいます。
明から清へという激動の時代、戦乱を避けて山中に隠棲した時期もありました。
その間も医学の勉強を続け、
古典を読み、患者を診て、自ら考え続けた
その集大成が『張氏医通』(全16巻)です。
彼が著書を完成させたのは、80歳を過ぎてからとも言われています。
「石頑」とは「石のように頑固に、真実を求め続ける」という意志の表れかもしれません。
医不執方――方剤に執着しない
張璐の医学思想の核心に、
「医不執方(いふしっぽう)」
という考え方があります。
「医は方(処方・方法)に執着してはならない」という意味です。
どういうことでしょうか。
東洋医学には無数の処方があります。しかしそれは、あくまで道具にすぎません。
大切なのは、
目の前の患者を見ること。今この人に何が必要かを考えること。
同じ「不眠」でも、
- 肝気鬱結による不眠と
- 気血両虚による不眠と
- 痰火による不眠では
まったく異なる対応が必要です。
「不眠には酸棗仁湯」と決めてしまうことは、「方に執着する」ことであり、張璐が最も戒めたことでした。
医門十戒の精神
張璐は医師としての戒めを、様々な形で著作に記しています。
その精神をまとめると、
| 戒め | 内容 |
|---|---|
| 執方を戒める | 処方に固執せず、人を見よ |
| 偏見を戒める | ひとつの流派・理論に偏るな |
| 過剰治療を戒める | 攻めすぎず、身体の力を信じよ |
| 名声を追うことを戒める | 患者のためでなく、名のために治療するな |
| 思い込みを戒める | 先入観で患者を見るな |
これらはすべて、
「人を見よ、理論ではなく」
という一点に収束します。

中庸という養生哲学
張璐が生涯を通じて体現しようとしたのが、**「中庸(ちゅうよう)」**の精神です。
中庸とは「真ん中を守る」ことではありません。
偏らないこと。過剰にも不足にもならないこと。
少火は養い、壮火にしない。 補いすぎず、攻めすぎず。 温めすぎず、冷やしすぎず。
養生もまた同じです。
- 食べすぎず、食べなさすぎず
- 動きすぎず、動かなさすぎず
- 眠りすぎず、眠らなさすぎず
- 考えすぎず、考えなさすぎず
極端に走ることを避け、自分の身体の声を聴きながら、その日その日の中庸を探す。
これが張璐の養生哲学の根底にあります。
偏らない生き方
張璐が生きた時代は、医学論争の時代でもありました。
温補派と清熱派、傷寒派と温病派――様々な流派が互いに激しく対立していました。
しかし張璐は、どの流派にも偏りませんでした。
古典を尊重しながら、時代の変化に応じて考える。
理論を大切にしながら、目の前の患者を優先する。
彼の著作が「通(つう)」という字を含むのは偶然ではないかもしれません。
「通じる」――ひとつの道にこだわらず、あらゆる知恵を通わせる。

養生とは何か
このシリーズを通じて、私たちは「養生」について多くのことを学んできました。
最後に、張璐の思想から「養生とは何か」をまとめてみます。
養生とは、管理することではない。
カロリーを計算し、睡眠時間を記録し、身体をコントロールすることが養生ではありません。
養生とは、身体の声を聴くことである。
疲れたら休む。腹が減ったら食べる。眠くなったら眠る。
シンプルなことのようで、現代社会ではこれがいかに難しいか。
養生とは、自然のリズムに帰ることである。
昼は陽として動き、夜は陰として静まる。
季節の変化に合わせて食事を変え、活動を変え、心のあり方を変える。
養生とは、今この身体と向き合うことである。
昨日の疲れを今日も引きずっていないか。
食べすぎていないか、動かなさすぎていないか、考えすぎていないか。
石頑老人から現代人へ
張璐は80歳を過ぎて著作を完成させました。
激動の時代を生き、戦乱を避け、山中に籠もり、それでも医学と向き合い続けた人生。
その人生から学べることがあるとすれば、
環境がどれほど乱れても、自分の内側を整えることはできる
ということではないでしょうか。
現代も、ある意味で「乱世」です。
情報の洪水、過剰な競争、睡眠を削るほどの忙しさ。
それでも、
- 今夜は少し早く横になる
- 食事を少し丁寧にとる
- 怒りや不安を少し手放す
こうした小さな一歩が、養生の始まりです。

シリーズ総まとめ
| 回 | テーマ | 核心 |
|---|---|---|
| 第1回 | 衛気と陰陽 | 不眠とは陽が陰に帰れない状態 |
| 第2回 | 肝気鬱結 | 鬱は気を滞らせ、心神を乱す |
| 第3回 | 脾胃と痰飲 | 胃が乱れれば眠りも乱れる |
| 第4回 | 虚労と陰虚 | 疲れているのに眠れないのは消耗のサイン |
| 第5回 | 命門火と相火 | 少火を守り、壮火にしない |
| 第6回 | 百病皆痰 | 痰の根本は脾胃にあり |
| 第7回 | 現代の生活習慣病 | 高血圧・肥満・不眠は同じ根から生まれる |
| 第8回 | 養生哲学 | 偏らず、人を見て、中庸を守る |
おわりに
『張氏医通』は難解な医学書です。
しかしその根底に流れるのは、とてもシンプルな問いです。
この人は、なぜ病んでいるのか。
この人に、今何が必要なのか。
養生もまた、同じ問いから始まります。
私は、なぜ眠れないのか。
私に、今何が必要なのか。
その問いを持ち続けること。
それ自体が、すでに養生の始まりです。
石頑老人の言葉を借りれば、
医は人を見よ。養生もまた、自分を見ることから始まる。
長いシリーズにお付き合いいただき、ありがとうございました。
『張氏医通』養生シリーズ 第8回 了
全8回、完結


