『張氏医通』養生シリーズ
はじめに
「疲れているのに、眠れない。」
これは現代人が最もよく口にする不眠の訴えのひとつです。
眠れないのは興奮しているからではない。むしろ疲れ果てているのに、眠れない。
東洋医学はこの状態を、
「虚労(きょろう)による不眠」
として独立して論じています。
今回は『張氏医通』をもとに、
- 虚労とは何か
- 陰虚・気血両虚がなぜ不眠を生むのか
- 病後に眠れなくなるのはなぜか
を見ていきます。
虚労とは何か
「虚労」とは、
長期にわたる消耗によって、気・血・陰・陽のいずれか、あるいは複数が不足した状態
を指します。
現代風に言えば、
- 長年の過労・睡眠不足の蓄積
- 慢性的なストレスによる消耗
- 大病・手術・出産後の回復不全
- 加齢による自然な衰え
などによって引き起こされます。
虚労は一日でできるものではありません。少しずつ、気づかないうちに積み重なっていくものです。
陰虚と不眠
虚労のなかで、不眠に最も深く関わるのが**陰虚(いんきょ)**です。
陰とは、
- 身体を潤す水分・津液
- 心神を鎮める涼やかな力
- 夜の安静を支える基盤
を指します。
陰が不足すると、身体の内側から熱(虚熱)が生まれます。
この虚熱が心神を乱すことで、
- 寝つきが悪い
- 眠りが浅く、夢が多い
- 夜中に目が覚める
- 手足がほてる、寝汗をかく
といった不眠が現れます。
「興奮しているわけではないのに眠れない」という感覚は、この陰虚による虚熱が原因であることが少なくありません。
気血両虚と不眠
もうひとつ重要なのが、**気血両虚(きけつりょうきょ)**による不眠です。
気血両虚とは、
- 気(エネルギー) が不足し
- 血(栄養・潤い) も不足している状態
です。
血は心神を養い、魂を静かに肝へ帰す役割を担います。
血が不足すると、
心神は宿るべき場所を失い、落ち着きを保てなくなる
夜になっても神が定まらず、目が閉じても眠りの中に落ちていけない状態が続きます。
気が不足すると、
眠ろうとする力そのものが失われる
疲れているのに眠れない、眠りに落ちてもすぐ目が覚める、というのはこのためです。

病後不眠――回復期に眠れないのはなぜか
『張氏医通』が特に重視するのが、病後の不眠です。
大病・手術・高熱・長期療養のあとに、眠れなくなることがあります。
これは単なる「不安」や「環境の変化」によるものではありません。
病と戦う過程で、
- 気血が激しく消耗し
- 陰液が失われ
- 臓腑が疲弊する
その結果、回復期であっても眠れない状態が続くのです。
『張氏医通』はこうした病後不眠に対して、
気血を補い、陰を養い、心神を安定させることを先決とする
と述べています。
焦って眠ろうとするのではなく、まず身体の根本を養うことが大切なのです。
酸棗仁湯――虚労の不眠に向き合う
『張氏医通』が虚労による不眠に多く用いるのが、
酸棗仁湯(さんそうにんとう)
です。
| 生薬 | 主な働き |
|---|---|
| 酸棗仁(さんそうにん) | 心肝を養い、神を安定させ、自然な眠りを促す |
| 茯苓(ぶくりょう) | 心神を落ち着かせ、湿を利する |
| 知母(ちも) | 陰を養い、虚熱を清める |
| 川芎(せんきゅう) | 血を動かし、気を巡らせる |
| 甘草(かんぞう) | 諸薬を調和する |
酸棗仁湯は「攻める」処方ではなく、「養う」処方です。
心と肝を静かに潤し、魂が安らかに宿れる状態をつくります。

現代人へのメッセージ
現代社会では、「頑張る」ことが美徳とされます。
眠れなくても働く。疲れていても休まない。
しかしその積み重ねが、気血を少しずつ削り取っていきます。
『張氏医通』が教えるのは、
眠れなくなったときが、身体からの最初の警告である
ということです。
眠れない夜は、休みなさいというサインかもしれません。
まとめ
- 虚労とは、長期の消耗によって気・血・陰・陽が不足した状態
- 陰虚による虚熱が心神を乱し、ほてり・寝汗・浅い眠りを引き起こす
- 気血両虚では、心神を養う力・眠る力そのものが不足する
- 病後の不眠は「気血・陰液の消耗」であり、根本を養うことが先決
- 酸棗仁湯は虚労の不眠に対し、心肝を養い、自然な眠りを促す
次回予告
第5回 火は敵か味方か――少火と壮火
東洋医学において「火」は、生命を支える力でもあり、身体を傷める敵にもなります。
次回は命門火・相火・引火帰源をテーマに、
「老いと火」の関係を見ていきます。
『張氏医通』養生シリーズ 第4回 了


