【第4回】江戸の名医が教える”正しい寝姿”――貝原益軒『養生訓』の「獅子眠」

シリーズ:古典に学ぶ睡眠養生 全4回


「寝ても疲れが取れない」「朝起きると体が痛い」「夜中に金縛りにあう」――こんな悩みを抱えていませんか?

今回ご紹介するのは、江戸時代の儒学者・医学者である貝原益軒(かいばら えきけん)が著した『養生訓』(1713年)の一節です。巻第五「五官」に記された「獅子眠(ししめん)」という臥し方の養生法は、寝姿・寝返り・手の置き方・就寝前の習慣まで、驚くほど具体的な指南を残しています。


目次

貝原益軒と『養生訓』について

項目内容
著者貝原益軒(1630〜1714年)
成立江戸時代・1713年(83歳のとき著述)
特徴儒学・中国医学をもとに日本人向けに書かれた養生の入門書。平易な文体で広く読まれた。
出典箇所巻第五「五官」

益軒は中国の医学書(『諸病源候論』など)を深く学び、その知恵を日本の日常生活に落とし込みました。  獅子眠もその一つです。


『養生訓』「獅子眠」現代語訳

以下は巻第五「五官」の該当箇所の現代語訳です。


夜、床についてもまだ眠れない間は、両足を伸ばして横になるとよい。いざ眠ろうとする直前には、両足を曲げ、脇を下にして横向きに寝ること。これを獅子眠という。一晩に五度は寝返りを打つべきである。

胸腹の中に気が滞っているときは、足を伸ばし、胸腹を手でしきりに撫で下ろすとよい。気が上逆しやすい人は、足の親指をしきりに多く動かすとよい。人によっては、こうすることであくびが何度も出て、滞っていた邪気を吐き出すことがある。ただし、勢いよく大きく吐き出すのは慎むべきである。

眠ろうとするとき、口を下にして(うつ伏せに)寝てはならない。眠った後によだれが出て、よくない。また、仰向けに寝てもいけない。魘(おそ)われやすくなる。

両手の親指を内側に折り曲げ、残りの四本の指で包むように握って寝れば、手が胸の上をふさがず、魘われることもない。慣れてくれば、眠っている間も自然と開かなくなる。この方法は、『病源候論』という医書に見える。

夜、床に就くとき、のどに痰があれば必ず吐き出しておくこと。痰があったまま眠ると、魘われて苦しむことになる。老人は夜臥す際に痰を去る薬を服むべきだと医書にあるのも、このためであろう。

夕食・夜食には、気を塞ぎ痰を集めるような食物を食べてはならない。魘われることを防ぐためである。


語注

  • 獅子眠:獅子(ライオン)の寝姿になぞらえた横臥法。右脇を下にする「吉祥臥」にも通じる。
  • 魘(おそ)われる:睡眠中に息が詰まり、身動きできなくなる状態。いわゆる「金縛り」や「夢魘(むえん)」。
  • 病源候論:隋の巣元方が著した『諸病源候論』(610年)。病因・病態を論じた中国医学の古典。

現代医学から読み解く「獅子眠」

① 横向き寝が体にいい理由

益軒が推奨した「脇を下にして横向き」は、現代の睡眠医学でも多くの利点が確認されています。

観点仰向け横向き(獅子眠)
気道舌根が落ちやすく、いびき・無呼吸のリスク大気道が開きやすく呼吸が安定
逆流性食道炎胃酸が逆流しやすい左側臥位で症状が軽減しやすい
脳の老廃物除去側臥位でグリンパティック系が最も活性化(Lee et al., 2015)

「仰向けに寝ると魘われやすい」という益軒の観察は、仰向け姿勢が気道を塞ぎやすく、睡眠の質を下げるという現代の知見とぴったり重なります。

② 「魘われる」=睡眠麻痺(金縛り)

書中の「魘われる」は現代医学の**睡眠麻痺(スリープパラリシス)**に相当します。レム睡眠中に意識だけが覚醒し、筋肉の弛緩が続いたまま体が動かせない状態です。仰向けで起こりやすいことは現代研究でも確認されており、益軒の観察の正確さに驚かされます。

③ 「一晩五度の寝返り」の意味

寝返りには体圧の分散・筋肉のリセット・体温調節という重要な役割があります。健康な成人は一晩に平均20〜30回寝返りを打つとされており、「五度」は最低限の目安として捉えるとよいでしょう。寝返りが少ない場合は、マットレスや枕が体に合っていないサインかもしれません。

④ 「足の親指を動かす」=末梢循環の促進

「気が上逆しやすい人は足の親指を動かせ」という指南は、現代的には末梢血流の促進として説明できます。足先を動かすことでふくらはぎのポンプ機能が刺激され、上半身に滞りがちな血流が下半身へ戻ります。就寝前の足首・足指ストレッチは、現代のリラクゼーション指導でも広く活用されています。

⑤ 痰と夕食の注意

  • 就寝前の痰:気道分泌物が多い状態での就寝はいびき・無呼吸を悪化させます。特に慢性気管支炎・副鼻腔炎のある方は重要な点です。
  • 夕食の内容:脂質の多い食事・アルコールは逆流性食道炎を悪化させ、睡眠の質を低下させます。現代でも就寝2〜3時間前までの食事完了が推奨されています。

今夜から試せる「獅子眠」実践チェックリスト

□ 眠れない間は両足を伸ばして横になり、眠る直前に膝を軽く曲げて横向きになる
□ 仰向けやうつ伏せを避け、横向き(側臥位)を基本の姿勢にする
□ 寝返りがしやすいマットレス・枕を選ぶ(同じ姿勢が続くようなら要見直し)
□ 就寝前に足首・足の指をゆっくり動かしてほぐす
□ 胸や腹が張る感覚があるときは、手で優しく撫で下ろしてみる
□ のどに痰がある場合は就寝前に出しておく
□ 夕食は就寝2〜3時間前までに済ませ、脂っこい食事・飲酒を控える
□ 室温を整え、足元を温めてから横になる(前回「温足凍脳」参照)

シリーズ全4回まとめ

出典テーマキーワード
第1回
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『遵生八箋』(明代・中国)睡眠環境光・温度・防風・温足凍脳
第2回
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第3回
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『遵生八箋』+現代知見現代の睡眠の敵ブルーライト・SNS・完全版チェックリスト
第4回(今回)『養生訓』(江戸・日本)臥し方の養生獅子眠・寝返り・金縛りの正体

中国・明代の『遵生八箋』と日本・江戸の『養生訓』。時代も国も異なる二つの古典が、同じ方向を向いて「横向きに、静かに、丁寧に眠れ」と説いています。その言葉は400年を経た今も、確かに生きています。古えからの「眠り方の知恵」は、現代科学によってその多くが裏付けられています。高価な道具も特別な薬も必要ありません。 今夜の横向き寝から始めてみてください。

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