
こんにちは。はりきゅう和み座の谷本です。
前回の第1回では、450年前の中国の医学書『本草綱目』を紐解き、昔の人々が蚊を「人間のバリアを破って邪気を持ち込む大敵」と捉えていたお話をしました。
続く第2回の今回は、舞台を江戸時代の日本に移します。 日本の健康・養生訓の大家として知られる貝原益軒(かいばらえきけん)が、宝永6年(1709年)に記した『大和本草(やまとほんぞう)』という本があります。
この本には、当時の日本の暮らしに根ざした蚊の性質や、「刺されてしまったときに身近にあるもので一瞬で痒みを止める治療法」が驚くほど具体的に記録されています。現代の私たちもすぐに試せる、江戸の知恵を覗いてみましょう。
『大和本草』にみる「蚊」の記述
江戸時代の博物学の集大成である『大和本草』の巻十四(虫部)には、以下のように蚊についての解説と、当時のリアルな治療法・対策が並んでいます。
■ 『大和本草』巻十四 蚊(原文)
本草綱目、蜚蠱(ひぼう)の附録に載たり。時珍は「蚊子、水中に産む」と云り。 汚水より子(虫)を生じ、後に化して蚊となる。 畑のたばこ(煙草)を焚、煙を嫌ふ。蚊を去るに、うちわ(団扇)に乾たるタバコを焚て、あおぐ。
蚊の刺たる処に、刀豆(なたまめ)の葉、もみて付る。又、山椒の葉、塩、硝(しょう)、香油に和のすりぬる。又、蚊の食たる処に熱湯に浸せば、即、痛痒止む。
高山・無蚊、遠山には寡(すくな)し。八月の間、旬日に蚊処あり。 蚊竜(こうりゅう)の骨、焼煙。蚊即、死。次、鰻(うなぎ)の鱠(ほね)、次、水中の諸魚の骨、焼煙、皆、可、祛(きょ)す。又、浮萍(うきくさ)、同じ、同巻、活(かつ)に焼。


江戸時代の人々が考えた「蚊の生まれる場所と対策」
文献の中で、益軒は「蚊は汚水より生まれる」と記しています。当時は、水の中に卵が産まれるという事実に加え、動植物の腐敗したものなどから自然に湧き出てくる(化生する)とも考えられていました。また、「高山や遠い山には蚊が少ない(寒いから)」という、現代にも通じる正しい観察も残しています。
面白いのは、蚊を避けるための「煙」の知恵です。 本の中には、「団扇(うちわ)に乾燥させたタバコを乗せて焚き、煽(あお)ぐと蚊を去ることができる」とあります。江戸時代、タバコは嗜好品としてだけでなく、その強い香りと煙を利用して「蚊を追い払う天然の虫よけ(蚊遣り)」としても大活躍していたのです。
他にも、うなぎや水中の魚の骨、浮草(うきくさ)などを焼いた煙も、蚊除けとして使われていたと記録されています。
『大和本草』が教える、身近な薬草での痒み止め
もし蚊に刺されて肌がぷっくりと腫れてしまったとき、江戸時代の人々は身の回りにある植物や食材をフル活用して治療していました。
- 植物の葉を擦りつける: 刀豆(なたまめ)の葉を揉んでつける、あるいは山椒(さんしょ)の葉を使う。
- 熱湯や身近な調味料を使う: 「塩」や「硝(しょう)」、「香油(ごま油など)」を混ぜて患部にすり塗る。また、刺された場所を「熱湯」に浸せば、すぐに痛みや痒みが止まる。
東洋医学において、山椒などの香りが強い植物には「解毒」や「気の滞りを巡らせる」作用があります。また、塩には強い「消炎・殺菌作用」があるため、これらを塗ることで、刺された場所の熱を鎮め、痛みや痒みをピタッと止めていたのです。
現代のようにケミカルな痒み止め薬がなかった時代、身近な台所にあるものや庭の草木が、そのまま優れた「お薬」になっていました。

鍼灸院の視点:江戸の知恵は理にかなっている!
この『大和本草』に書かれている「熱湯に浸す」「塩を塗る」という治療法は、現代の目で見ても非常に理にかなっています。
蚊の毒(唾液成分)は熱に弱いタンパク質です。そのため、刺されてすぐに熱いお湯を当てたり(※火傷には十分注意してください)、塩を擦り込んだりすることは、局所の循環を促して毒を薄め、炎症を抑える素晴らしい初期対応になります。
東洋医学では、これらをさらに一歩進めて、ツボにお灸をすえることで、体の内側から痒みや腫れを根本から鎮めていきます。

まとめ:外のケアから、次は「内のケア」へ
「蚊に刺されたら、庭の山椒や刀豆の葉を揉んでつける」 「塩や油を塗る、熱湯につけて痛みを止める」
江戸時代の日本人は、自然の力を上手に借りて、蚊という「外邪(がいじゃ)」と上手に付き合っていました。身の回りにあるもので身体をケアする精神は、私たち鍼灸の世界にも深く息づいています。
さて、このように「外側からのケア」を知ったところで、気になるのが「そもそも、なぜ蚊に狙われやすい人と、そうでない人がいるのか?」という体質の問題です。

次回の第3回では、東洋医学の視点からみた「蚊に刺されやすい原因(体質の話)」へとさらに深く踏み込んでいきます。どうぞお楽しみに!

