【第一章】天地の気と響き合い、未病を治す 〜夏の始まり「蕃秀」の教え〜

暑さが日増しに厳しくなる季節となりましたね。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

今回は、東洋医学の最古の古典『黄帝内経(こうていだいけい)』の言葉に耳を傾けながら、現代の私たちがこの夏を心地よく過ごすための「養生の根本」についてお話しさせていただきます。

目次

1. 陰陽四時―万物の根本に添って生きる

古代の書物『黄帝内経・四気調神大論』には、このような言葉が残されています。

「夫四時陰陽者、万物之根本也。所以聖人春夏養陽、秋冬養陰、以従其根。故与万物沈浮於生長之門。逆其根、則伐其本、壊其真矣。」

(四季折々の陰陽の変化は、すべての生命の根本です。昔の賢者は、春と夏には「陽気」を育て、秋と冬には「陰気」を養い、その根本に従いました。それ故に、万物の生長や休眠の巡りとともに生きていくことができたのです。もしこの根本に逆らえば、自らの生命の源を傷つけ、真気を壊してしまうことになります)

自然界には明確な巡りがあります。春に芽吹き、夏に大きく育ち、秋に実り収穫し、冬に静かに静養する。私たち人間の体もまた、この自然界の一部に過ぎません。

自然の波に逆らわず、その季節の気に寄り添って暮らすこと。これこそが、病にかからず健やかでいられる「養生の道」なのです。

2. 「未病を治す」という温かな智慧

東洋医学において非常に大切にされている考え方に「未病治(みびょうち)」があります。

「是故聖人不治已病治未病、不治已乱治未乱……譬猶渇而穿井、闘而鑄錐、不亦晩乎。」

(すでに病気になってから薬を飲んだり、国が乱れてから治めようとするのは、喉が渇いてから井戸を掘り始めたり、戦いが始まってから武器を造り始めるようなもので、なんと遅いことでしょうか)

身体が悲鳴を上げて本格的な病に伏せる前に、日頃のちょっとした違和感や季節の変化に気づき、自らの手で調えていく。喉が渇く前に優しく潤いを与えるような暮らしの重ね方こそが、本当の意味で自分自身を愛し、守る術(すべ)となります。

3. 夏の三ヶ月は「蕃秀(ばんしゅう)」の季節

立夏から立秋の前日までの約三ヶ月間、東洋医学ではこの時期を「蕃秀(ばんしゅう)」と呼びます。

天地の気が盛んに交わり、すべての生命が万開の花を咲かせ、実を結ぶ躍動の季節です。この季節の身体の調え方として、古典はこう教えてくれています。

「夜臥早起、無厭於日。使志無怒、使華英成秀、使気得泄、若所愛在外。此夏気之応、養長之道也。」

(夜は適度に出て早起きをし、夏の眩しい太陽を嫌がらずに親しみましょう。心を伸びやかに保って怒らず、体内の熱や気を優しく外へと巡らせ発散させる。これが夏の気に調和する「養長(ようちょう)の道」なのです)

もしこの流れに逆らい、部屋に閉じこもって冷え固まったり、イライラして気持ちを塞ぎ込んでしまうと、心臓(循環器や精神)を傷め、秋になってからだるさや風邪を引きやすくなり、冬には深い冷えや重い不調へと繋がってしまいます。

自然界が力強く伸び伸びと開いているように、私たちの心と身体もまた、外へと気持ちよくひらかせてあげることが大切なのです。

4. 現代の夏と、伝統の知恵をつなぐ

京都の夏といえば、祇園祭の宵山あたりに梅雨が明け、本格的な灼熱の季節を迎えるのが世の常でした。しかし現代では、気候の変動により空梅雨や6月の記録的な猛暑など、地球環境のバランスが大きく揺らいでいます。

古代の中国にも、あまりの熱気で干ばつを引き起こす「旱魃(かんばつ)」という女神の伝説がありました。また京都の神泉苑(しんせんえん)では、かつて空海が人々の苦しみを救うために雨乞いの祈祷を行ったと伝えられています。昔も今も、人々は天の気候と向き合いながら、必死に生きる工夫を凝らしてきたのですね。

天候が不順であればあるほど、私たちは「自分の体の内なる自然」に目を向ける必要があります。

次回の【第二章】では、夏に最も影響を受けやすい「心(しん)」の養生と、溜まりやすい暑さや湿気を払う「お食事(薬膳)」の知恵について、具体的にお伝えしてまいります。

どうぞ、今夜も心地よい風を感じながら、ゆったりとした時間をお過ごしくださいね。

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