第3回 胃和なければ臥安からず

『張氏医通』養生シリーズ


目次

はじめに

古典にこんな言葉があります。

胃和せざれば、則ち臥すること安からず

「胃が整っていなければ、安らかに眠ることはできない」という意味です。

現代でも、食べすぎた夜はなかなか眠れない、という経験をお持ちの方は多いでしょう。

しかしこれは単なる「胃もたれ」の話ではありません。

東洋医学では、消化器系(脾胃)の乱れが、睡眠の根本を揺るがすと考えます。

今回は『張氏医通』をもとに、

脾胃・痰飲・飲食不節と不眠の関係

を探っていきます。

古典に学ぶ睡眠養生 より

「心安・胃和」――眠りの二大条

過去記事より 『古典に学ぶ睡眠養生』 より

https://harikyunagomiza.net/2026/06/302/

道家養生学は、方角の話にとどまらず、眠りの質を決める二つの根本条件を明示しています。

「心不安、夜臥則不寧」 心が安まらなければ、夜の床も安らかではない。

「胃不和、夜眠則不寧」 胃が調和していなければ、夜の眠りも安らかではない。


脾胃とは何か

東洋医学における「脾胃」は、現代医学の消化器系に相当しますが、その役割はより広いものです。

  • ― 飲食物を受け入れ、腐熟(消化)する
  • ― 消化されたものから気血を生み出し、全身へ運ぶ

脾胃は「後天の本」と呼ばれ、

生まれたあとのすべての気血は、脾胃から生まれる

と考えられています。

つまり脾胃が弱れば、気血が十分に作られず、心神を養う力も失われていきます。


痰飲はどこから生まれるのか

脾胃が弱ると、飲食物をうまく消化・運搬できなくなります。

そこに滞ったものが**痰飲(たんいん)**です。

痰飲とは、

体内に生じた不要な水液・粘稠な物質の総称

であり、経絡を塞ぎ、気血の流れを妨げます。

特に問題になるのが、痰と熱が結びついた痰火(たんか)です。

痰火が上に昇ると、

  • 心神が乱され
  • 胸がざわつき
  • 頭に熱がこもり

眠ろうとしても眠れない状態が生まれます。


飲食不節と不眠

『張氏医通』は、不眠の原因のひとつとして飲食不節(いんしょくふせつ)を挙げています。

飲食不節とは、

  • 食べすぎ・飲みすぎ
  • 不規則な食事時間
  • 脂っこいもの・甘いものの過剰摂取
  • 夜遅い食事

などを指します。

これらが続くと脾胃を傷め、痰飲を生みます。

そして痰飲が気の流れを塞ぐことで、衛気が陰へ帰れなくなり、不眠へとつながります。

現代人の生活習慣と深く重なる問題です。


温胆湯――胆を温め、心を静める

『張氏医通』が痰火による不眠に用いる代表的な処方が、

温胆湯(うんたんとう)

です。

「胆を温める」という名前ですが、実際の働きは

痰を化し、熱を清め、胆気を整え、心神を安定させる

ことにあります。

主な構成生薬は、

生薬主な働き
半夏(はんげ)痰を化し、胃気を降ろす
陳皮(ちんぴ)気を動かし、痰を散じる
茯苓(ぶくりょう)湿を利し、心神を安定させる
枳実(きじつ)気を巡らせ、痰の塊を散じる
竹茹(ちくじょ)熱を清め、心のざわつきを鎮める
甘草(かんぞう)諸薬を調和する

胸がざわつく、嫌な夢を見る、眠りが浅い、口が苦い――そのような不眠に用いられます。

『養生訓』『老老恒言』との接続

江戸時代の貝原益軒は『養生訓』のなかで、こう述べています。

夜は少なく食べ、胃を空にして寝るべし

また清代の養生書『老老恒言』には、

夜食は消化されないまま眠ることになり、脾胃を傷める

とあります。

時代も国も異なる古典が、同じことを伝えています。

夜遅くに食べない。食べすぎない。胃を休ませて眠る。

これは単なる健康習慣ではなく、東洋医学の深い理論に裏づけられた養生の知恵なのです。


現代人へのメッセージ

仕事が遅くなり、帰宅してから夕食をとる。

食事の後にデザートやお酒を楽しむ。

そのまま横になってスマホを見て、気づいたら深夜になっている。

こうした生活は、脾胃を疲弊させ、痰飲を育て、眠りを浅くします。

『張氏医通』が教えるのは、

眠れない夜の答えは、寝室ではなく食卓にあるかもしれない

ということです。


まとめ

  • 脾胃は気血を生み出す「後天の本」であり、睡眠の質を左右する
  • 脾胃が弱ると痰飲が生まれ、気血の流れを妨げ、不眠につながる
  • 飲食不節(食べすぎ・夜遅い食事など)は脾胃を傷める大きな原因
  • 温胆湯は痰火による不眠(胸のざわつき・浅い眠り・嫌な夢)に用いられる
  • 古典はいずれも「夜は少なく食べ、胃を休ませる」ことを養生の要としている

次回予告

第4回 疲れているのに眠れない――虚労と不眠

頑張っているのに眠れない。眠っても疲れが取れない。

次回は虚労・陰虚・気血両虚と不眠の関係を見ていきます。

現代人が最も陥りやすい「消耗型の不眠」に、『張氏医通』はどう向き合うのか。


『張氏医通』養生シリーズ 第3回 了

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