前回は「梨」を特集いたしましたが、今回はその続編(別伝)として、梨と深い関わりのある「水」をテーマにお届けします。梨のあのみずみずしい甘さは、古くから「甘露(かんろ)」にたとえられてきました。「甘露水」とは一体どのようなものなのか、少し掘り下げてみましょう。
目次
- 梨と「甘露」の意外な関係
- 「甘露水」は伝説上の水だった
- 『本草綱目』が伝える甘露水の姿
- 「甘露」という言葉が持つ広がり
- 梨の水も、こころを潤す一杯に
- まとめ
梨と「甘露」の意外な関係
梨を一口かじると、あふれ出すみずみずしい果汁。その爽やかな甘さから、梨は古くから「水果の王」とも呼ばれてきました。実はこの梨の果汁、しばしば「甘露のようだ」と表現されてきた歴史があります。単なる比喩ではなく、そこには中国の伝統医学・本草学における「甘露水」という考え方が関係しています。
「甘露水」は伝説上の水だった
「甘露水」とは、中国明代に編まれた本草書『本草綱目』などに登場する、天から降ると伝えられた水のことです。露や雨、雪などとともに「天水類」というグループに分類され、のどの渇きを癒す自然の恵みとして記録されています。
つまり甘露水は、実在する特定の水というよりも、天が人々に与える恵みの象徴として語り継がれてきた、いわば伝説の水なのです。
『本草綱目』が伝える甘露水の姿
『本草綱目』には、甘露水についてこのような記述が残されています。
- 別名は「膏露(こうろ)」「瑞露(ずいろ)」「天酒(てんしゅ)」「神漿(しんしょう)」など、いずれも神々しい響きを持つ呼び名です。
- 味は甘く、性質は非常に冷たいとされ、毒はないと記されています。
- 飲めば五臓を潤し、長寿をもたらし、空腹すら感じさせないとされ、神仙の飲む霊薬になぞらえられています。
さらに興味深いのは、その由来についての言い伝えです。徳の高い君主が高齢者を敬い、賢者を重んじる政治を行うと、松や柏の木に甘露が降りると信じられていました。つまり甘露水は、単なる自然現象としてだけでなく、徳や調和が実を結んだときに天から授かるものとして捉えられていたのです。
梨の果汁が甘く冷たく、体を潤してくれることを思うと、先人たちが梨の水気を「甘露」に重ねたのも、うなずける話ではないでしょうか。
「甘露」という言葉が持つ広がり
「甘露」という言葉は、水そのものだけでなく、もっと広い意味でも使われてきました。仏教の経典では、尊い教えのたとえとして「甘露」が登場しますし、甘い樹液を出す植物を指して使われることもあります。また漢方の世界には「甘露飲」という、甘草をはじめとした生薬を配合した処方もありますが、こちらは本草書に記された伝説の甘露水とは別のものです。
こうして見ていくと、「甘露」という言葉には、古くから人々が水や自然の恵みに寄せてきた、深い敬意や憧れが込められていることがわかります。

梨の水も、こころを潤す一杯に
今後ご紹介する記事では、ハワイに伝わる青いガラス瓶(ブルーボトル)に水を入れて太陽光にさらす「ブルーソーラーウォーター」についてご紹介します。これも水を大切に扱い、その恵みを丁寧にいただくという姿勢は、洋の東西を問わず、人々の暮らしに息づいてきたのですね。
梨のみずみずしい果汁を「甘露」にたとえた先人たちの感性も、水という自然の恵みへの感謝の表れだったのかもしれません。喉の渇きだけでなく、こころまでそっと潤してくれる一杯。そんな水との付き合い方を、日々の暮らしに取り入れてみたいものです。
まとめ
梨の水気を「甘露水」にたとえる表現の背景には、中国の本草学が伝える、天からの恵みとしての水への信仰がありました。甘く、冷たく、体を潤す梨の果汁は、まさに先人たちが思い描いた甘露そのものだったのかもしれません。
水にまつわる物語は、国や時代を超えて、私たちに「自然の恵みを大切にいただく」ことの大切さを教えてくれます。梨を味わうとき、そして一杯の水を飲むとき、そこに込められた恵みに、少し思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


