鍼灸の世界には、単なる技術書には収まらない哲学が息づいています。明代の鍼灸医・楊継洲(よう・けいしゅう)による大著『鍼灸大成』の中に、「製針法」というごく短い一節があります。針をどんな金属で作るべきかを論じた部分ですが、そこには当時の人々が金属や身体をどう理解していたかが凝縮されています。
余談ですが、韓国ドラマ「馬医(ばい)」の第一話にも、まさにこの場面が登場します。医官が馬小屋を訪ね、馬の轡を譲り受けるシーンです。「鍼をつくるのだ、これで(轡)で作るとるとよく効く」というセリフで簡単に説明されていました。これは今回取り上げる「馬銜鉄で針を作る」という伝統に基づいた描写だったのですね。今日はこの一節を読み解いてみましょう。
原文
《本草》云:『馬銜鐵無毒。』《日華子》云:『古舊鋌者好,或作醫工針。』 按:本草柔鐵即熟鐵,有毒,故用馬銜則無毒。以馬屬午,屬火,火克金,解鐵毒,故用以作針。 古曰:『金針者,貴之也。』又金為總名,銅、鐵、金銀之屬皆是也。若用金針更佳。
書き下し・現代語訳
『本草』にいう: 「馬銜鉄(ばかんてつ、馬の轡に使われた鉄)は無毒である。」
『日華子』にいう: 「古く使い古された金(鋌)が良い。あるいはそれを医工(医者・鍼師)用の針に作る。」
楊継洲、按ずるに: 本草にいう柔鉄とは熟鉄(なまし鉄)のことであり、これには本来毒がある。そのため馬の轡(くつわ)に用いられた鉄を使えば無毒となるのである。
なぜか。馬は十二支では「午」に配され、午は五行では「火」に属す。火は金を剋する(五行相剋の理)ので、鉄の毒を解毒することができる。それゆえこれを用いて針を作るのである。
古人はいう、「金針」と呼ぶのは、これを貴重なものとして尊んで言った呼び方である。また「金」とは総称であって、銅・鉄・金・銀といった金属類はすべてこれに含まれる。もし実際に黄金で作った針を用いれば、さらに良いとされる。
読み解きのポイント
1. なぜ「馬の轡の鉄」なのか
まず「馬銜(ばかん)」とは何か。轡(くつわ)、あるいは銜(はみ)とも呼ばれ、馬の口に含ませる金属製の棒状の馬具です。手綱の力を馬の口に伝えて方向や速度をコントロールするための道具で、常に馬の口中に接し、唾液にさらされながら使われ続けます。
一見すると奇妙な指定ですが、ここには明確な理屈があります。ポイントは「熟鉄には毒がある」という前提です。当時の医家は、精錬されたばかりの鉄には人体に害を及ぼす性質が残っていると考えていました。ところが馬の轡として長年使われた鉄は、この毒が「解消」されていると信じられていたのです。

2. 五行相剋という解毒の理論
その解毒の仕組みを説明するのが五行思想です。
- 馬 → 十二支で「午」
- 午 → 五行で「火」
- 火は金を剋する(火克金)
- ゆえに火の性質を帯びた馬(の轡)が、金属(鉄)の毒を制する
つまり、動物・十二支・五行・金属という複数の分類体系を一本の論理でつなぎ、「なぜこの鉄が安全なのか」を説明しているわけです。現代科学の視点から見れば検証しようのない話ですが、当時の自然哲学としては非常に整合性の取れた説明でした。
3. 「金針」という言葉の二重の意味
もう一つ興味深いのが「金針」という呼称です。楊継洲はここで、「金」が黄金だけを指すのではなく、銅・鉄・金・銀を含む金属全般の総称であると注記しています。つまり「金針」は本来「金属の針」という意味であり、それが転じて「貴重な針」というニュアンスも帯びるようになった、という言語的な補足です。そのうえで、もし本当に黄金で針を作れるなら、それが最上とされていました。
まとめ
わずか数行の短い一節ですが、ここには:
- 本草学(薬物学)の知見
- 十二支・五行という宇宙論的な分類体系
- 言葉の由来に関する考証
という、古代中国医学の思考様式が凝縮されています。針一本を作るにも、単なる実用の道具としてではなく、宇宙の理と結びつけて意味づけようとする——そんな姿勢こそが、東洋医学の奥深さなのかもしれません。
鍼灸聚英(しんきゅうじゅえい)——卷三「鐵針」との対照
実はこの一節、『鍼灸大成』の別の巻にも「鐵針」という題でほぼ同じ内容が鍼灸聚英(しんきゅうじゅえい)に収録されています。
鐵針 本草云。馬銜鐵無毒。日華子云。古舊鋌者好。或作醫工針也。 武按本草柔鐵即熟鐵。有毒。故用馬銜則無毒。以馬屬午、屬火。火剋金。解鐵毒。故用以作針。古曰。金針者。貴之也。又金為總名。銅鐵金銀之屬皆是也。
高武の按語部分を現代中国語(※白話文)に訳すと、次のようになります。
武按《本草》,柔鐵即熟鐵,有毒。所以用馬銜鐵則無毒。因為馬屬午、屬火,火剋金,能解鐵毒,所以用來作針。古時候說「金針」,是珍貴它。又「金」是總名,銅、鐵、金、銀之類都是的。
冒頭で紹介した「製針法」とほぼ同一の内容ですが、次のような細かな異同があります。
- 題名が「製針法」ではなく「鐵針」となっている
- 按語の冒頭が「按」ではなく「武按」となっている
- 末尾の「若用金針更佳(もし金針を用いればさらに良い)」の一文が、こちらには見られない
このうち「武按」は非常に重要な手がかりです。これは楊継洲自身の按語ではなく、高武(こうぶ)による按語であることを示しています。高武は明代の医家で、『針灸聚英(しんきゅうしゅうえい)』という書物を著しました(1529年=明・嘉靖8年)。つまり卷三「鐵針」の一節は、『鍼灸大成』が『針灸聚英』から引用・転載したものだったのです。
『鍼灸大成』は楊継洲一人の独創的著作というより、それ以前の鍼灸文献——『針灸聚英』をはじめとする諸書——を編纂・増補してまとめられた書物であることがよく知られています。今回の異文対照は、まさにその編纂の跡を具体的に確認できる好例と言えるでしょう。冒頭の「製針法」の按語が楊継洲自身の見解を示す一方、「鐵針」の按語は高武からの借用であり、同じ結論(馬銜鉄は無毒で針に適す)に、二人の医家がそれぞれの立場から到達していたことがわかります。
鍼灸聚英(しんきゅうじゅえい)
- 時代: 明代(1529年)
- 著者: 高武(こうぶ)
鍼灸大成(しんきゅうたいせい)
- 時代: 明代末期(1601年)
- 著者: 楊継洲(ようけいしゅう)
※白話文(はくわぶん)とは、古代中国の書き言葉である「文言文(漢文)」に対し、日常の話し言葉(口語)に近づけて書かれた文章を指します。
(出典:『鍼灸大成』楊継洲・著、明代/卷三「鐵針」は『針灸聚英』高武・著、1529年〔明・嘉靖8年〕からの引用)


