「日本の夏、蚊の夏~‘‘」

そんな有名なフレーズが頭をよぎる季節が、今年も近づいてきましたね。お家の中や外出先で私たちを悩ませる「蚊」。プ〜ンというあの羽音が聞こえるだけで、なんだか落ち着かない気持ちになります。
現代の私たちは「蚊に刺されると痒い」「ウイルスを媒介する」といった科学的な事実を知っていますが、顕微鏡も西洋医学もなかったはるか昔、私たちの先祖は「蚊」という存在をどう捉えていたのでしょうか?
実は、東洋医学の古い文献を紐解くと、昔の人々は蚊を単なる「迷惑な虫」としてだけでなく、「人間の気血を乱し、病(邪気)を運び込む存在」として、非常に深く観察していたことが分かります。
今回は全3回の連載の第1回目として、今から約450年前の名著に描かれた「蚊の正体」についてご紹介します。
450年前の医学書『本草綱目』を紐解く
東洋医学の歴史の中で、最も有名な薬物書(本草書)の一つに、明の時代の李時珍(りじちん)が1578年に完成させた『本草綱目(ほんぞうこうもく)』があります。
この中の「虫部」という章には、現代の私たちも驚くほどリアルな蚊の観察記録が残されています。まずはその原文と、現代語訳を見てみましょう。
■ 『本草綱目』蚊子の条(原文)
時珍曰:蚊處處有之。冬蟄夏出,晝伏夜飛,細身利喙,咂人膚血,大為人害。一名白鳥,一名暑蚊。或作黍民,謬矣。化生於木葉及爛灰中。產子於水中,為孑孓蟲,仍変為蚊也。龜、鱉畏之,熒火、蝙蝠食之。故煮鱉入數枚,即易爛也。
■ はりきゅう和み座による現代語訳
李時珍は次のように言っている。 蚊はいたるところに存在する。冬は隠れ潜み、夏になると現れ、昼は潜んで夜に飛び回る。細い身体と鋭いくちばしを持ち、人の皮膚を刺して血を吸い、人間に大きな害を与える。別名を「白鳥」または「暑蚊」ともいう。(一部で「黍民」と書かれることもあるが、それは間違いである。) 蚊は木の葉や朽ちた灰の中から湧き出るとも言われるが、水の中に卵を産み、それが『孑孓(けつけつ=ボウフラ)』という虫になり、それが変化して蚊になる。 亀やスッポンは蚊を恐れ、ホタルやコウモリは蚊を食べる。それゆえ、スッポンを煮るときに蚊を数匹入れると、すぐに柔らかく煮崩れるのである。
昔の人も驚いた「蚊の生態と生命力」
いかがでしょうか。今から450年も前のお話ですが、現代の私たちが日々感じている蚊の特徴そのものが書かれていますよね。 特に、当時すでに「水の中に産卵し、それがボウフラ(孑孑)になり、変化して蚊になる」と、そのライフサイクルを正確に見抜いていた点には驚かされます。
また、文章の最後にある「スッポンを煮るときに蚊を入れるとすぐに柔らかくなる」という記述も非常に面白いポイントです。蚊が持つ独特の「成分やパワー」に昔の人が注目し、料理の裏ワザのように応用していた知恵が伺えます。
それほどまでに、夏になるとどこからともなく湧き出てくる蚊の爆発的な生命力は、当時の人々にとって関心の的だったのです。
蚊に刺されることは「外邪(がいじゃ)」の入り口
東洋医学では、蚊に刺されて皮膚が赤く腫れたり、時には熱を出したりする現象を、自然界の悪さをするエネルギー(風邪・湿邪・熱邪など)が体内に侵入したサインと考えます。
『本草綱目』に続く「蚋(ブヨ・ヌカカ)」の記述では、「衣類を突き通して肌に入り込み、噛まれると瘡毒(そうどく:腫れ物や毒)になり、人はこれにひどく苦しむ」とも記されています。
つまり、昔の人にとって虫に刺されるということは、単に「痒い」というレベルの話ではなく、「自然界の毒や邪気が、自分の身体のバリア機能を破って侵入してきた大問題」だったのです。
先人たちの「蚊」への眼差し
このように古典を読み解いていくと、今から450年も前の時代から、先人たちが蚊の生態を驚くほど正確に観察し、自然界のエネルギーとして深く向き合っていたことが分かります。
では、中国の『本草綱目』の知恵を受け継いだ、かつての日本(江戸時代)の人々は、この厄介な蚊とどのように付き合い、対策していたのでしょうか?
次回の第2回では、日本の養生訓の大家である貝原益軒の『大和本草(やまとほんぞう)』を紐解きます。身の回りにある「ある植物」や「台所にあるもの」を使って、蚊の痒みをピタッと止めていた、江戸時代の驚くべき暮らしの知恵をご紹介します。どうぞお楽しみに.


