江戸時代の儒学者・本草学者である貝原益軒が記した『養生訓』。なかでも「夏の養生」は、特に力を入れて説いておられます。一年のうちでも夏は体力の消耗が激しく、注意を促している季節です。暑さが厳しいこの時期だからこそ、あらためて見直しておきたい養生法をお届けします。
夏は一年の中で最も養生が大切
まずは、益軒が夏という季節そのものをどう捉えていたかから見ていきましょう。
原文
四時の内、夏月、尤(もっとも)保養すべし。霍乱(かくらん)、中暑、傷食(しょうしょく)、泄瀉、瘧痢(ぎゃくり)の病、おこりやすし。生冷の飲食を禁じて、慎んで保養すべし。夏月、此病おこれば、元気へりて大いに労す。
現代語訳
一年を通して、特に夏は体を大切に養生すべき季節です。食あたりや熱中症、食べ過ぎによる不調、下痢や発熱を伴う胃腸の病気などが起こりやすくなります。冷たい飲み物や生ものを摂り過ぎず、十分に体をいたわることが大切です。夏に体調を崩すと、体力や気力を大きく消耗してしまいます。
このように益軒は、夏をほかの季節以上に注意が必要な時期と位置づけています。では具体的に、何がその不調の引き金になるのでしょうか。次はその原因のひとつ、冷たい飲食について見ていきます。
冷たいものの摂り過ぎは秋の不調につながる
原文
夏月、瓜菓・生菜多く食ひ、冷麪をしばしば食し、冷水を多く飲めば、秋必瘧痢を病む。凡病は故なくしてはおこらず。かねてつゝしむべし。
現代語訳
夏に瓜や果物、生野菜、冷たい麺類、冷水を摂り過ぎると、秋になって胃腸の不調や下痢を伴う病気になりやすいと説いています。病気は突然起こるものではなく、日頃の生活習慣の積み重ねによって生じるものだから、普段から節度を守ることが大切だという教えです。
夏の不摂生のツケは、夏のうちにではなく秋になって表れる——これは益軒の養生観の大きな特徴のひとつです。「今は平気だから」と油断せず、季節をまたいだ視点で体をいたわる姿勢が読み取れます。
暑い時期こそ体力を守る
続いて、猛暑の時期の心構えについての一節です。
原文
六七月、酷暑の時は、極寒の時より、 元気へりやすし、よく保養すべし。
現代語訳
真夏の猛暑は、厳しい寒さ以上に体力を消耗します。だからこそ、この時期は特に体を労わり、無理をしないことが大切です。
※この後の原文では当時用いられていた漢方薬について述べられていますが、体質や症状に応じて用いるものであり、病気がなければ服用する必要はないと記されています。
寒さよりも暑さの方が体力を奪う、という指摘は意外に感じる方もいるかもしれません。汗をかき続けることで気づかぬうちに体力を消耗している、という感覚は、現代の熱中症対策にも通じる視点です。
夏は体が開き、外からの影響を受けやすい
体力面だけでなく、益軒は夏の体の状態そのものにも注目しています。
原文
夏は、発生の気いよいよさかんにして、汗もれ、人の肌膚大いに開く故外邪入やすし。涼風に久しくあたるべからず。沐浴の後、風に当るべからず。
現代語訳
夏は汗をかきやすく、皮膚の働きも活発になります。そのため体は外からの影響を受けやすくなるので、冷たい風に長時間当たったり、入浴後にすぐ風に当たったりすることは避けるよう勧めています。
汗をかいて毛穴が開いている状態は、外の環境の影響を受けやすい、いわば無防備な状態だと益軒は考えていました。お風呂上がりに涼もうとして風に当たり過ぎるのも、この教えに照らせば注意が必要な行動ということになります。
胃腸を冷やさないことが大切
体の外側だけでなく、内側の胃腸についても具体的な言及があります。
原文
夏は伏陰とて、陰気かくれて腹中にある故、食物の消化する事おそし。多く飲食すべからず。温なる物を食ひて、脾胃をあたゝむべし。冷水を飲べからず。すべて生冷の物をいむ。冷麺多く食ふべからず。
現代語訳
夏は体の内側、とくに胃腸は冷えやすく、消化機能も低下しやすいと考えられていました。食べ過ぎや飲み過ぎを避け、温かい食事で胃腸をいたわること、冷たい飲み物や冷たい食べ物を摂り過ぎないことが勧められています。
「夏は暑いから体の中も熱がこもっている」と思われがちですが、益軒はむしろ逆で、体の内側は冷えやすい時期だと説きます。冷たい麺や飲み物を求めたくなる季節だからこそ、あえて温かいものを選ぶという発想は、現代の食養生にも通じる考え方です。
暑くても体を冷やし過ぎない
最後に、日常生活の具体的な注意点がまとめられた一節を見ていきます。
原文
虚人は尤泄瀉のうれひおそるべし。冷水に浴すべからず。暑甚き時も、冷水を以面目を洗へば、眼を損ず。冷水にて、手足洗ふべからず。睡中に、扇にて、人にあふがしむべからず。風にあたり臥べからず。夜、外に臥べからず。夜、外に久しく坐して、露気にあたるべからず。極暑の時も、極て涼しくすべからず。日に久しくさらせる熱物の上に、坐すべからず。
現代語訳
体力の弱い人は特に下痢に注意が必要です。冷水を浴びたり、冷たい風に長時間当たり続けたり、寝ている間に扇風機の風を受け続けたりしないよう勧めています。また、夜露に長時間当たることや、暑いからといって体を極端に冷やし過ぎることも避けるべきだと説いています。
「露(つゆ)」とは
露とは、大気中の水蒸気が冷えて、水滴となって草木や物の表面についたものを指します。昔は、夜露による冷えも体調を崩す原因の一つと考えられていました。
現代の生活に置き換えると、冷房や扇風機の風を一晩中受け続ける、氷水で顔や手足を洗うといった行為が、この教えの延長線上にあると考えられます。

現代の私たちが参考にしたいこと
『養生訓』が書かれたのは約300年前ですが、これまでのシリーズでご紹介してきた内容と同じく、現代にも通じる知恵が多くあります。夏の養生については、次のような点が特に参考になるでしょう。
- 冷たい飲食を摂り過ぎない
- 胃腸をいたわる食事を心がける
- 暑さで消耗した体をしっかり休める
- 冷房や扇風機の風を浴び続けない
- 汗をかいた後は体を冷やし過ぎない
一方で、現代では熱中症予防のため、適切な水分・電解質の補給やエアコンを上手に活用することは非常に重要です。
昔の知恵をそのまま実践するのではなく、現代の医学や生活環境に合わせながら取り入れることで、より健康的な夏の養生につながるでしょう。
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